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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)275号 判決

原告

井関農機株式会社

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和59年審判第7405号事件について昭和63年9月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年10月26日、名称を「搬送装置」とする考案について実用新案登録出願(昭和54年実用新案登録願第149345号)をし、昭和56年7月7日、右実用新案登録出願を特許出願(昭和56年特許願第106370号、以下「本願発明」という。)に変更したところ、昭和59年2月25日拒絶査定があつたので、同年4月20日審判を請求し、同年審判第7405号事件として審理された結果、昭和63年9月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月4日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

両端が接続されてエンドレスに連なつたチエンと複数個の樹脂製ラグと複数個のピンを備え、チエンは所定の間隔で複数個の取付部を有し、各ピンは同径の円柱状の丸棒がローレツトその他の塑性加工で円柱部よりも大径に膨出した膨出部を一端に有し、各ラグはピンの円柱部のみが軽く挿通され得る径の挿通孔を有し、各ピンは膨出部の無い端からそれぞれのラグの挿通孔とチエンのそれぞれの取付部とに挿し込まれたのち膨出部が圧入されてこの膨出部の外端部が挿通孔の外端よりも奥側に没入してこの膨出部の外周が挿通孔の壁面に喰い込んでいることを特徴とする搬送装置(別紙図面一参照)。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりと認める。

2  これに対し、昭和50年実用新案登録出願公開第128235号公報(以下「第一引用例」という。)には、両端が接続されてエンドレスに連なつたチエンと複数個の爪体(本願発明の「樹脂製ラグ」に相当する。)と複数個のピンを備え、チエンは所定の間隔で複数個の取付部を有し、各ピンは円柱部よりも大径に膨出した頭部(本願発明の「膨出部」に相当する。)を一端に有し、ピンの頭部と爪体との係合によりピンの抜け止めを行うべく、ピン孔よりも大径で入口の径をピン頭部の径よりも小にするとともにその高さとピン頭部の厚みとをほぼ等しくした空間を前記爪体に形成し、各ピンは頭部の無い端からそれぞれの爪体の挿通孔とチエンのそれぞれの取付部とに挿し込まれたのち爪の頭部が圧入されてその外端部が挿通孔の外端よりも奥側に没入した搬送装置が記載されている(別紙図面二参照)。

また、昭和49年実用新案登録出願公開第71427号公報(以下「第二引用例」という。)には、両端が接続されてエンドレスに連なつたチエンと複数個の樹脂製搬送爪(本願発明の「樹脂製ラグ」に相当する。)と複数個のピンを備えた搬送装置において、部分的にではあるが、ピンの一端に円柱部よりも大径のローレツトを施した膨出部を有するピンを、膨出部を樹脂製搬送爪に圧入して膨出部の外周を挿通孔の壁面に喰い込ませるようにした取付構造が記載されている(別紙図面三参照)。

3  そこで、本願発明と第一引用例記載のものとを対比する、両者は、両端が接続されてエンドレスに連なつたチエンと複数個の樹脂製ラグと複数個のピンを備え、チエンは所定の間隔で複数個の取付部を有し、各ピンは円柱部よりも大径に膨出した膨出部を一端に有し、各ピンは膨出部の無い端からそれぞれのラグの挿通孔とチエンのそれぞれの取付部とに挿し込まれたのち膨出部が圧入されて、この膨出部の外端部が挿通孔の外端よりも奥側に没入して回り止めされている搬送装置の取付構造である点において一致し、その取付構造の具体的構成において、

① 本願発明が各ピンは同径の円柱部の丸棒がローレツトその他の塑性加工で円柱部よりも大径に膨出した膨出部を一端に有しており、この膨出部の外周が挿通孔の壁面に喰い込んでいるのに対し、第一引用例記載のものは表面が円滑な膨出部を一端に有しておつて、この膨出部の上面が挿通孔の終端部に形成された空間入口の突片に抱持されている点(相違点①)、

② 本願発明が各ラグはピンの円柱部のみが軽く挿通され得る径の挿通孔を有しているのに対し、第一引用例記載のものは挿通孔の終端部に挿通孔よりも大径で入口の径をピン頭部の径よりも小さくするとともにその高さとピン頭部の厚みとをほぼ等しくした空間を爪体に形成している点(相違点②)

の二点で相違する。

4  そこで、前記相違点について検討する。

① 相違点①について

第二引用例には、本願発明と同じ搬送装置の取付構造において、部分的といえども、その一端に円柱部よりも大径のローレツトを施した膨出部を有するピンを、膨出部を樹脂製ラグに圧入して膨出部の外周を挿通孔の壁面に喰い込ませるようにした取付構造が記載されており、さらにローレツトを塑性加工で形成することは例示するまでもなく本件出願前当業者が慣用しているのであるから、第二引用例に記載の前記取付構造を前記第一引用例記載のものに代えて採用するとともにローレツトを塑性加工で形成して、前記相違点①の本願発明の構成とすることは、当業者であれば適宜なし得る設計変更の域を出るものではない。

② 挿通孔の径をどの程度とするか、そして挿通孔の形状をどのようにするかは、ピンの円柱部と膨出部の径の差異等に基づくピンの形状やピンとラグとの固着効果等に基づいて当業者が設計的に決定し得る事項である。

5  さらに特許請求の範囲に記載された全ての要件から構成される本願発明全体としても、各引用例記載のものから当業者において予測される以上の格別の作用効果を奏するとは認められない。

6  以上のとおりであるから、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載のものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであつて、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものである。

四  審決の取消事由

第一引用例及び第二引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。

しかしながら、審決は、本願発明の進歩性の判断に当り、実施不能な技術である第一引用例記載のものと本願発明とを対比するという誤りを冒し、かつ、両者の一致点の認定、及び相違点①、②についての判断を誤り、ひいて本願発明は、第一引用例、第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由一

第一引用例の第6図(別紙図面二参照)に示された「入口が小さく、内部が大きく、またその先が小さい空間」は、細工師が一個ごとに抉つて手仕事で作成する他なく、この発明に属する技術の分野における通常の知識を有する者が工業的に生産することはできないものである。しかも、右図に示された構造にあつては、右空間にピンの扁平頭部を嵌入することは不可能である。このような工業的生産不能、実施不能な技術である第一引用例記載のものは、引用し得る技術的思想とはいえない。

2  取消事由二(一致点の認定の誤り)

審決は、「本願発明の膨出部は第一引用例記載のもののピンの頭部に相当するとし、両者はともにピンは円柱部よりも大径に膨出した膨出部を一端に有している」と認定しているが、本願発明のピンの「膨出部」は、同径の円柱部の丸棒にローレツトその他の塑性加工により円柱部よりやや大径に膨出したものであるのに対し、第一引用例記載のもののピンは、ローレツトその他の塑性加工では形成不能な、切削工具を用いて一個ごとに切削加工しなくてはならない扁平釘状頭部としたものであり、その膨出部は、本願発明のピンに比べてかなり大径に膨出しているものであつて、両者の構成は明白に相違する。したがつて、審決の前記認定は誤りである。

被告は、右主張は本願発明の特許請求の範囲に基づかないものである、というが、本願発明の特許請求の範囲には、「各ラグ2はピン3の円柱部3aのみが軽く挿通され得る径の挿通孔2cを有し、(中略)膨出部3bの外端部が挿通孔2cの外端2gよりも奥側に没入してこの膨出部3bの外周が挿通孔2cの壁面に喰い込んで(本願明細書第一頁第一〇行ないし第一七行)」と記載されており、右記載からすると、挿通孔2cは、ピン3の円柱部3aのみが軽く挿通され得る径とされているから、円柱部3aより僅から大きい内径であるとの限定があり、膨出部3bは、挿通孔2cの奥側に没入しその後挿通孔2cの壁面に喰い込むのであるから、右挿通孔2cより極端に大きなものでなく、僅かに大きいものであるとの限定がある。このように原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づくものである。

3  取消事由三(相違点①についての判断の誤り)

第二引用例には審決認定の技術的事項が記載されていること及びローレツトを塑性加工で形成することは本件出願前当業者が慣用しているものであることは認める。

しかしながら、本願発明と第二引用例記載のものとは、第二引用例記載のものは頭付きピンであるのに対し、本願発明は頭無しピンである点、第二引用例記載のものの膨出部はピンの先端側にある(ラグの挿通孔に膨出部をまず挿通するものである)のに対し、本願発明の膨出部はピンの頭部側にある(ラグの挿通孔に円柱部から挿通し、膨出部は最後に圧入される)点、第二引用例記載のもののラグには膨出部が弛く通る径の挿通孔とピンの円柱部のみが軽く挿通され得る径の挿通孔と、それぞれ異径の挿通孔を形成するのに対し、本願発明はピンの円柱部のみが軽く挿通され得る径の挿通孔のみである点、第二引用例記載のものの膨出部は先側の挿通孔の壁面に喰い込ませた上、挿通孔の先に突き出るものであるのに対し、本願発明の膨出部は基部側の挿通孔の外端より奥に没入してその壁面に喰い込ませるものである点、で構成上顕著な相違がある。このような第二引用例記載のものの取付構造を第一引用例記載のものに代えて採用したとしても相違点①の本願発明の構成を得ることはできない。

4  取消事由四(相違点②についての判断の誤り)

審決は、挿通孔の径をどの程度とするか、挿通孔の形状をどのようにするかは、ピンの円柱部と膨出部の径の差異等に基づくピンの形状やピンとラグとの固着効果等に基づいて当業者が設計的に決定し得る事項であると判断している。

しかしながら、前項記載のとおり、第二引用例記載のものはラグの挿通孔に膨出部を先ず挿入するものであり、したがつて、ラグには膨出部が弛く通る径の挿通孔とピンの円柱部のみが軽く挿通され得る径の挿通孔と、それぞれ異径の挿通孔を形成しているものである。このように挿通孔の径や、その形状は、ピンを挿通するに当たつて、膨出部から挿通するか、円柱部から挿通するかによつて決せられる要素をもつものであるから、この点を考慮していない審決の前記判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  取消事由一

原告は、審決が実施不能の技術を引用例としたことは誤りであると主張する。

しかしながら、引用例に記載のものを用いて本願発明と対比することができるか否かは、引用例記載のものが実施できる技術であるかどうかではなく、引用例にはある技術的思想を抽出することができる程度の開示があるかどうかが問題とされるべきである。

そして、第一引用例には、審決が認定したとおりの技術的事項が記載されており、当業者であれば理解できる程度の技術的思想が開示されているといえる。このように第一引用例の記載からはある程度の技術的思想が抽出できるのであるから、記載されたものが実施不能の技術であるかどうかとは無関係に、第一引用例記載のものを本願発明との比較に用いることはできるのであつて、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由二

原告は、本願発明の膨出部は、円柱部よりやや大径に膨出しているのに対し、第一引用例記載のものの膨出部は、本願発明に比べてかなり大径に膨出しており、両者の構成は明白に相違する、と主張する。

しかしながら、原告の右主張は特許請求の範囲に基づいておらず失当である。本願発明の膨出部は、特許請求の範囲の記載から明らかなように、ローレツトその他の塑性加工で形成されるのである。各種固着具における軸部に対する頭部等の膨出部の形成は工業的には転造、鍜造などの塑性加工によつて行うのが普通であり、そのような手段で作られるものを本願発明の膨出部は包含するのである。したがつて、両者間に原告主張のような構造上の明白な相違はない。

3  取消事由三

原告は、本願発明と第二引用例記載のものは、構成上顕著に相違するものであつて、第二引用例記載のものの取付構造を第一引用例記載のものに代えて採用し、本願発明の構成とすることは、適宜なし得る設計変更とはいえない、と主張する。

しかしながら、審決は、相違点①について、つまり抜止めの機能をもつ膨出部の細部の具体的構造に関し、その外周が挿通孔の壁面に喰い込むことにより抜止めとして機能する膨出部が存在することを裏付けるために第二引用例を引用したものであつて、原告が挙げるような「ピンは頭付きであり、膨出部はピンの先端に位置し、膨出部より挿通孔に挿通し、その先端は挿通孔より突き出す。挿通孔の径は同一ではない」という技術的事項を引用しているものではない。したがつて、審決で引用しない技術的事項について云々する原告の主張は失当である。

第二引用例には、ローレツトを施した膨出部をラグに圧入してその外周を挿通孔の壁面に喰い込ませるようにした取付構造が記載されており、膨出部がピンの抜止めとして機能しているという点からみれば、第一引用例に記載の膨出部も第二引用例に記載のローレツトも同一であるから、第二引用例記載のものの取付構造を第一引用例記載のものの取付構造に代えて適用することは適宜なし得ることであり、この点における審決の判断に誤りはない。

4  取消事由四

原告は、挿通孔の径をどの程度とするか、挿通孔の形状をどのようにするかは、ピンを挿通するに当つて膨出部から挿通するか円柱部から挿通するかによつて決せられる要素をもつものであり、この点を考慮していない審決の相違点②についての判断は誤りである、と主張する。

しかしながら、本願発明と第一引用例記載のものとの間には、挿通孔に挿通されるピンについて、膨出部から挿通するものか円柱部から挿通するものかの相違点は存在しない。両者はともに円柱部から挿通するものであり、したがつて、相違点②は、円柱部から挿通するものについての挿通孔の細部の具体的構造に関するものであるから、その判断に当たりピンをどちらから挿通するかによつて決せられる要素を考慮する必要はない。

前項で述べたとおり、搬送爪取付構造における爪体の抜止めとして、ローレツトを用いることは第二引用例に記載されている。そして、ローレツトを備えた固着用のピンの抜止めは、そのローレツトを相手部材に設けられた孔の内壁に喰い込ませることにより行われるものであるから、爪体に形成する挿通孔の径はピンの膨出部の径よりも若干小さくすることは機械設計の常識である。したがつて、この点における審決の判断に誤りはない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一)  成立に争いのない甲第二号証の一(本願明細書)、甲第二号証の二(昭和58年5月23日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願発明は、搬送装置に関するものであり、従来の搬送装置は、エンドレスに連なつたチエンに、引起ラグや穂先送りラグなどの樹脂製ラグを装着するに当たり、チエンの一部と樹脂製ラグの基部とに挿通したピンの両端に割ピンを設けて、ピンが樹脂製ラグから脱落するのを防いだり、片側の孔がめくらの挿通孔にピンを挿通して没入させたのち、その外端に栓や接着材を用いてピンの脱落を防いでいたが、このようなものはチエンと樹脂ラグとの組み付けが煩わしく、多くの組立工数を要した(本願明細書第二頁第二行ないし第一二行)。本願発明は、右知見に基づき、組立工数が低減されて廉価に提供できる搬送装置を提案することを目的として(同第一頁第二〇行ないし第二頁第一行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。

本願発明は、右構成を採用したことにより、ピンは挿通孔から容易に抜け落ちることがなく、しかも、ピンの加工は切削加工がないため廉価なうえ、チエンと樹脂製ラグとの組立てに当つてもピンを押し込む工程のみで足りる等の作用効果を奏するものである(同第四頁第一九行ないし第五頁第一一行、手続補正書第二頁第五行ないし第九行)。

(二)  他方、第一引用例及び第二引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。

2  取消事由一

原告は、第一引用例記載のものは実施不能の技術であり、このようなものを引用例として本願発明の進歩性を判断することは誤りである旨主張する。

しかしながら、右引用例は、本願発明に特許を付与することを拒絶する理由の根拠として示されたもので、本願発明の進歩性を判断するためにそこに記載の技術的思想が対比の対象とされているに過ぎないものであるから、その技術がさらに実施可能なものであるか否かまでは問うところではない。(換言すれば、引用例記載の発明が実施不能なものであるとしても、そこに一定の技術的思想が記載されていれば、その思想を対比の対象とすることに妨げはない。)

そして、前記認定したとおり、第一引用例には審決認定の技術的事項が記載されており、当業者であれば理解し得る程度の技術的思想が開示されているのであるから、第一引用例記載のものを引用例として本願発明と対比判断した審決に誤りはない。

なお、原告は、第一引用例の第6図(別紙図面二参照)に示されたピンの寸法等を基に実施不能を主張するかのようであるが、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、ピンの寸法、材質等について何らの記載はなく、明細書の図面も開示された考案を説明するためのもので、正確な寸法割合を示すものではない。したがつて、第一引用例の記載に基づいてこれを製作実施するに当たつては、ピンの膨出部を挿通孔に容易に挿入し得るよう、ピンや爪体の材質及び寸法等を適宜選択し得るものである。してみると、前記第6図に示されたものを基に実施不能をいう原告の前記主張はこの点からしても理由がない。

3  取消事由二

原告は、本願発明の膨出部は、円柱部の丸棒にローレツトその他の塑性加工により円柱部よりもやや大径に膨出しているのに対し、第一引用例記載のものは、ローレツトその他の塑性加工では形成不能な、切削工具を用いて一個ごとに切削加工しなければならない扁平釘状頭部としたもので、その膨出部は、本願発明のものに比してかなり大径に膨出しており、両者は膨出部の構成において明白な相違がある旨主張する。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、ピンがローレツトその他の塑性加工では形成不能な、切削工具を用いて一個ごとに切削加工しなくてはならない扁平釘状頭部としたものであることを直接示す記載は認められず、加工手段の相違から膨出部の膨出の程度に相違があるとする原告の右主張は採用し得ない。

なお一言するに、第一引用例記載のものは、本願発明における膨出部が挿通孔の壁面に喰い込むことにより抜止めを図つているのとは異なり、膨出部の上面が挿通孔の終端部に形成された空間入口の突片に抱持されるという構成である(右事実は当事者間に争いがない。)ことからすると、膨出部が本願発明のそれに比べて大径に膨出していると考えられなくはないが、このことはつまるところ、膨出部の具体的な構成について審決が相違点①として認定している相違に帰するものである。

審決が、第一引用例記載のものにおけるピンの一端の膨出した頭部を本願発明の膨出部に相当するとし、両者のピンは円柱部より大径に膨出した膨出部を一端に有している点で一致する、と認定したのは、前記「審決の理由の要点」に記載のとおり、第一引用例には、搬送装置において、(ア)ピンは、その円柱部よりも大径に膨出した頭部を一端に有し、(イ)ピンの頭部と爪体との係合によりピンの抜け止めを行う、(ウ)ピンは頭部のない端から爪体の挿通孔とチエンの取付部とに挿し込まれるものであるとの技術的事項が記載されており、他方本願発明の要旨記載のピンも同様の構成であるとのことから、第一引用例記載のものの頭部は本願発明の膨出部に相当するとし、両者のピンはともに円柱部より大径に膨出した膨出部を一端に有するものである、と認定しているのである。そして、本願発明も、第一引用例記載のものも、ともに前記(ア)、(イ)、(ウ)の構成を要件とするものであることは前記1(一)及び(二)で認定したとおりであつて、その構成に相違はないから、前記審決の認定に誤りはない。

4  取消事由三

第一引用例には、ピンの円柱部より大径に膨出した頭部を一端に有し、頭部の無い端からピンを爪体(樹脂性ラグ)の挿通孔に挿通してチエンに爪体を取り付け、爪体の空間にピンの頭部を圧入してピンの抜け止めとした搬出装置が記載されていること、他方、第二引用例には、本願発明と同じ搬出装置の取付構造において、その一端に円柱部よりも大径のローレツトを施した膨出部を有するピンを、膨出部を樹脂性ラグに圧入して膨出部の外周を挿通孔の壁面に喰い込ませるようにした取付構造が記載されていること、及びローレツトを塑性加工で形成することは本件出願前当業者が慣用していることは当事者間に争いがない。

右事実よりすると、第一引用例記載のものにおけるピンも、第二引用例記載のものにおけるピンも、いずれも搬送装置のチエンにラグを取付けるためのピンであり、両者のピンの膨出部はともにピンがラグの孔から抜け落ちるのを防止する機能を果たしているものであるから、ピンの抜止手段として第二引用例記載の前記取付構造を第一引用例記載のものに代えて採用するとともに、ローレツトを塑性加工で形成して本願発明の構成とすることは当業者であれば容易になし得ることであると認められ、相違点①についての審決の判断に誤りはない。

原告は、本願発明と第二引用例記載のものの構成の違いを挙げ、第一引用例記載のものに第二引用例記載のものを適用しても本願発明の構成を得ることはできない旨主張する。

しかしながら、前記「審決の理由の要点」の記載から明らかなように、審決が第二引用例の記載から引用した技術的事項は、搬送装置の取付構造において、ローレツト加工されたピン膨出部の外周が挿通孔の壁面に喰い込ませるようにした構成であつて、第二引用例記載のものは、頭付きピンである、膨出部はピンの先端側にあり、挿通孔に膨出部をまず挿通するものである、異径の挿通孔を形成するものである、膨出部は挿通孔の壁面に喰い込ませた上、挿通孔の先に突き出るものである等の構成は、審決が引用していない第二引用例に記載の技術的事項について云々しているものにすぎず、主張自体失当である。

5  取消事由四

原告は、挿通孔の径をどの程度とするか、挿通孔の形状をどのようにするかは、ピンを挿通するに当たつて膨出部から挿通するか円柱部から挿通するかの要素を考慮すべきものであるにもかかわらず、これが、ピンの形状やピンとラグとの固着効果等に基づいて当業者が設計的に決定し得る事項であるとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、本願発明と第一引用例記載のものは、ともにピンは膨出部の無い端からそれぞれのラグの挿通孔とチエンのそれぞれの取付部とに挿し込まれるものであることは前記1(一)及び(二)で認定したとおりであり、両者はともに円柱部から挿通するものであつて、膨出部から挿通するものか円柱部から挿通するものかの相違点は存在しない。したがつて、挿通孔の径をどの程度とするか、挿通孔の形状をどのようにするかの判断に当たつて、ピンはどちらから挿通されるかという点を考慮する必要はない。

膨出部の外周を挿通孔の壁面に喰い込ませるようにしてピンの抜止めを図る構成において、ラグに形成する挿通孔の径をピンの膨出部の径よりも若干小さくするという程度のことは技術常識であり、当業者が設計的に決定し得る事項であることは明らかである。

したがつて、相違点②についての審決の判断に誤りはない。

6  以上のとおりであるから、第一引用例記載のものを引用例としたこと、並びに本願発明と第一引用例記載のものとの一致点及び相違点①②についての判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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